真鯛について │ 真鯛釣りについて │ 松輪について

松輪真鯛記録 12.6Kg
(2011.7.28)
松輪港 成銀丸
松輪真鯛 12.0Kg
(2005.1.17)
松輪港 美喜丸
(釣ったのはもちろんオレではない。)


全国各地マダイ釣りといっても色々な釣り方がありますが、オレは松輪主体で通っている為、ここでの釣り方である「コマセマダイ」と呼ばれる釣り方で鯛釣りを覚えました。ですので、ここでは「コマセマダイ」を主体に書いてあります。

「コマセマダイ」とは文字通り、コマセ(撒き餌、主にアミやオキアミ)で魚を寄せオキアミ餌で釣るという釣り方です。アジ釣りなどと基本的に同じですね。コマセでマダイを狙い始めたのは伊豆真鶴の国敏丸さんが最初と言われています。また長い軟調竿で待つ「置き竿釣法」の発祥も真鶴が最初といわれています。


■ コラム

■ 上手な鯛釣り師とは 


ここ数日、いろいろ釣り仲間と話ててわかった事が2つ。

1つは日本人のコミュニケーションに必要なのは謙虚さだなと言うことw。

釣り(特に鯛釣り)は皆多かれ少なかれ痛い目にあってるから、なまじっか沢山釣れたりすればすぐやっかまれるし、そこで腕自慢なんてしようものなら「四隅だったんだろ?」とか、「平日ならそら釣れるわ」とか、終いには「そんなに上手いなら週末に胴の間で勝負してみろ」とか(汗。本人は羨ましがられてると思ってても、実際はまあ色々と陰口叩かれてるわけで(あわわ)。

その点オレの場合は、良いのか悪いのか?意図せずだけど数も型も陰口叩かれるような釣果ないんで安心ですが(泣。

他人からやっかまれず、心から上手いって思われるには、の石井克己さんの言うように「潮のことも、餌のことも、釣座のことも、すべて気にせず、船さえ出れば釣ってみせる腕をもち、・・」ってのが理想だよなあ。そんな事は絵空事かもしれないけど。釣り座(潮)だの、船数だ人数(配当)だのと、誰でも判りやすい条件を揃えて釣っても、どうやら上手いと言ってもらえなさそうだからね。

本当条件揃ったって、数釣るのだって大鯛釣るのだって言うほど簡単ではないと思うんだけど。少しくらい自慢したって良いと思うんだけど。結局、自慢の仕方?謙虚さが必要なのかと。。気を付けよっと

で、もう1つってのが。まあ、鯛釣り好きってのはみんな性格悪いなってw。勿論オレも含めてね(汗


■ 大鯛に出会う確立 PART2


6キロくらいまでの大鯛なら釣行回数増やせば間違いなく出会う確率は上がるでしょう。それが10キロとなるとそうはいかない。毎日釣りしても会えないかもしれないし、初めて釣りした人に掛かるかもしれない。

もともとの絶対数が少ないから、逆に誰にでも平等に出会う可能性があるという事。それが10キロって魚。


■ 記憶に強く残る釣り


「記録に残るより記憶に残りたい」なんて言葉もありますが。

釣りもながい事やってれば、記憶に強く残ってる釣りもあれば、全く想い出せない釣りもありますよね。オレも思い返してみますが、意外と想い出せる釣りは多くない。で、想い出せる釣りってどんなものか?って話。

もちろん日本記録に残るような魚は釣ってませんが、やっぱり自己記録の魚を釣った時の事って結構想い出せますね。それはサイズであったり数であったり。あとは、普段あまり行かないような場所でした釣りとか、仲間と楽しかった釣りとか。

これからはどんどん忘れていくばかりだと思うけど、ひとつでも多く記憶に残る釣りがしたいものです。


■ 真鯛がすき


オレは真鯛が好き。でもきっと真鯛はオレの事が嫌いなんだろうなw


■ 真鯛釣りは楽しい


オレは真鯛とのやり取りがとても楽しいと思う。疲れるまで引張り続ける青物系ファイターとの力比べも素敵だと思うけど、真鯛はよく「真鯛の3段引き」や「品の良い引き」と言われるように、"やり取り"の言葉どおり"やって"の"取っての"の駆け引きが楽しいと思います。

また、同じ魚でも大鯛と小鯛では別の魚と言っていいほどで、どちらが喰ってくるか分からない所もクジみたいで面白いと思う。また大鯛(当り)の混じる頻度も適度で良いではないでしょうか。


■ 釣りとは


以前つり友が伊豆の遠征船で大物釣りに行った時の話。10号位だったかな?大物仕掛けに6キロ位の鯛が喰ったらしく、「これがまた引かなくって、巻いてきたら付いてたって感じ」だったってw。そらそうだ。

また、イカ釣り師が半分遊びでイカを泳がせて鯛を釣りますが、あれも意外と引かなくて釣趣に欠けると聞きました。ワラサ狙ってて喰ってくる鯛もそうですよね。特に頭がワラサの引きモードになってるんで尚更です。

マダイを釣る楽しさって、細仕掛けでペナペナの軟調竿やドラグ性能のいいリール使ってのやり取りっていうパッケージがあってはじめて成り立つもの。切られないってわかってればやり取りも必要ないからねw

逆にマダイ狙ってて黒鯛が掛かると、50センチ位ある立派な黒鯛でも「なんだよ、黒鯛か。どうりで引かないと思ったよ。」と。陸っぱりから試行錯誤して狙う黒鯛師からすれば、50センチオーバーの黒鯛が釣れたら大金星って話なわけで。

ウチの親父が好きな鮎の友釣り。実は鮎なんかも他の方法で比較的簡単に釣れるそうですね。それをあえて、鮎の縄張り争いの習性を利用した友釣りという方法で釣る。これまたつり友に好きな方がいるのですが、アオリイカのヤエン釣り。あれもそうなのでしょう。

当たり前ですが、やはり釣りっていうのは釣るまでのプロセスが大事。如何に効率よく釣るかとか、それもまた釣りかもしれないけど”漁ではない”訳でして。だから「鯛釣りたければXX行けばクーラーいっぱい釣れるよ」とか、「大鯛釣りたければXX行けばワラサの仕掛けに喰ってくるよ」とか、確かにそそられはしますが、続けてやるかと言われれば??

黒鯛師がメジナを、真鯛師が黒鯛を、大物釣り師が真鯛を、本マグロ師がキハダを、松方弘樹が200キロ以下のマグロを。キリがありません。釣りが違うんだから比べても意味がないって事。魚が欲しいだけなら魚屋へ。

よくわからなくなっちゃったけど、ま、難しい事を考えず、変なルールも決める事なく、自分がやってて楽しいって事が一番大事ですよね。趣味なんですから。


■ 最近ふと悲しく思うこと


「松輪で10キロ」なんてタイトルだからか?よく勘違いされるのですが、別に「松輪で釣らなきゃ認めない!」なんて、おケ○の穴の小さい話はするつもりもありません。むしろ、個人的にはそういう考え嫌いなんです。ただお世話になってる船宿が松輪だから、「ここでそんなのが釣れたら良いな〜」って・・・そんなレベルです。

だから、他所の海で大釣りがあれば単純に羨ましいと思うし、できれば行きたいなと思います。他所の海で大鯛が上がっても同じです。

最近はとかく釣果第一主義・・・

というか、ガツガツしてる感がとっても気になります。世の中「勝負事」が好きな方も多いですし、「人と競う」それは一つの楽しみ方なのでしょうね。オレなんかはそういうの苦手だから、釣りの最中に「何枚釣った?」なんて、何度も聞いてまわる人がいたりすると、結構ガッカリしてしまいます。

そんなオレだから、鯛釣りで腕を競うのも嫌いだし、あんまり真剣にヤラれても引いちゃいます。所詮釣りでしょ?遊びでしょ?と。オレは鯛釣りってもっと優雅で(心が)贅沢なものであって欲しいと常々思っているので、素直に"釣れた"だ"釣れない"だなんて笑っていられる仲間と、いつまでも鯛釣りができれば幸せだなと。それがオレの鯛釣りの楽しみ方であり、向かい方でもある訳ですから。


■ 型は選べません


先にも書いたとおり、大鯛の釣れている場所、時期、船宿などのチョイス、また手返しの上手さや仕掛け、釣りのセンスなどで、「大鯛を釣る確率」を上げる事はできます。ただ、確立を上げるだけで、「型を選んで釣ることができる人」などこの世に誰もいません。

逆に言えば仕掛けさえ入っていれば、まったくの初心者にだって掛かる(釣れるではない所に注意)可能性があります。実際、釣れてしまう事だって多く、真鯛ほど「ビギナーズ・ラック」を目にする釣りはないのではないでしょうか?

「大鯛が仕掛けに食いつくまで」。コレはハッキリ言って縁(運)でしょう。ただ掛かってから、それを「取れるかどうか?」。ここからが腕の見せ所だと思います。

結局、取ってなんぼ。かといって、真鯛にそんな大層なテクニックが要求されるわけではないと思います。敢えて言うなら仕掛けが細いとか、口周りが硬くて針係りが悪いとかいう所でしょうか?ゆっくり慎重にやれば、たとえ10キロを超す大鯛でも決して取れない魚ではないとオレは思っています。(やり取りした事すらありませんが・・・(笑)

何枚釣ったか?鯛の食い気がある時にあたれば、誰でも入れ食い大釣りを堪能できると思います。場数こなせば手返しも良く、人より多く釣るかもしれません。でも、オレの中では鯛釣りは数釣りじゃないんです。

ただ、数少ない大物のアタりをキッチリ取れるかどうか?ココにオレは"腕の良し悪し"を見てしまいます。オレも今でも、良型らしいアタりを何度もバラし続けています。滅多に来ないアタリをバラす。その度に落胆し、考え直し、また同じ過ちをおかし、そしてまた落胆するのです。

今話した事は、大鯛に思い入れのない人にはどうでもいい事かもしれません。それでも、大鯛を釣れば多くの人が羨ましがる事でしょう。そんな光景を夢見ながら、オレはこれからも大鯛に思いを寄せるのでしょうね。


■ 鯛を釣るにはまず船長を釣れ。


随分と仕立しか乗らない時期が続いて、最近また乗合にも乗るようになって改めて気付く事。

(乗合で常連相手に釣果上げるのは厳しいぞ)

「そりゃ常連さんは授業料払ってんだから」って言われればその通り。四隅はまず入れないし、お客の数も多ければ配当少ないのもうなずけます。でも乗合の難しさって実はそんな単純な話だけではないと思うんです。

少人数で仕立なんかやってると、(あれ?いま船長オレに釣らそうとしてる?)なんて感じる事ありません?コレ意外と船釣りの肝だと思います。結局船釣りって、船長が客が出してる竿で、経験と魚探を駆使して操船しながら釣っているようなもの。

その時、どの客の竿を見ながら(船長が)釣るか?という事で、(自分が船長だったら)と考えれば自ずと想像できます。

乗合だと、取り敢えず船で魚の顔を見なきゃいけないから、どうしても常連さんの竿を見て操船するんじゃないでしょうか?しかも船長のイメージ通り釣れるよう、常連さんにはアドバイスもします。この連携技を朝一の限られた時合にやるわけだから、厳しくなるのはなるべくして。



 「鯛を釣るにはまず船長を釣れ。」



よく云い得た言葉だと思います。腕のイイ船長の所に1人で仕立て、船長の指示通りやれば、まず間違いなく釣らせてもらえる事でしょう。


つまりそういう事。船長から仕掛けやら狙い方なんかをアドバイスされると、さも自分がステップアップした気になりますが、実は船長の釣りのイメージに合せてるだけなんじゃないかと。しかも万能かといえば同じ考えの船長以外の所では苦戦したりもするもの。本人の"引出し"という意味では増えているのには変わりはありませんが・・・。

少人数で同じ船宿、それもできれば仕立の幹事になる。そして船長と多く話す機会を設け、船長の考え方を学び、そして実践する。これが鯛を釣る近道なんじゃないでしょうか?

その技は他の船宿に行ったら通用しないかもしれません。でもそんな"引出し"を多く持てば持つほど、どこでも通用する鯛釣り師になれるんじゃないかと思う今日この頃なのです。



最後にそんな事を踏まえた上で、常連相手に乗合で結果を出すのもチャレンジし甲斐があるというもの。

(船長と常連さんがどんな連携プレーをしているのか?そこで釣果出すにはどうしたらいいのか?)

この間はボーズに終わったけど、今度は見てろよ!っと妙に燃えたりもするんですよw。


■ 大鯛に出会う確立


大鯛に出会う確立ってどんなもんでしょうか?宝くじよりも上?下?

こと剱崎でいえば、4キロ5キロ位までだったら、のっこみ時期は毎日どこかしらで上がりますね。100艘ほど出たとして2、3枚?1艘平均8人乗ったとして800人分の2枚?まあ、ざっくり500人に1枚とかの確立でしょうか?

これが多いか?少ないか?宝くじの1等は1,000万分の1だそうで天文学的数字。500分の1に近いのは無いのですが、5等(3,000円)が100分の1、4等(10,000円)が1万分の1だそうで、3,000円当てるよりかは難しそうです(笑)。

更に8キロから10キロとなると、年に1枚出るかでないか。年間延べ何人が剱崎で真鯛釣りを楽しむのか?わかりませんが、季節物で真鯛船が出ない日があるにしても、ほぼ年間通してマダイ船が出る剱崎。4、5月ののっこみ以外の10ヶ月は100〜150人とすると、年間3,000人?

1/3,000

そう考えれば、現実的な数字のような気もします。

何にせよ、4、5キロを釣ればそんな確立だし、更に大きいのならそんな確率。釣れた時は大いにはしゃいじゃって良いのではないでしょうか。


コマセ釣り研究(過去記事)


■ボーズ列伝

マダイ様釣りにはボーズが付き物。新聞釣果欄にある’0−4’(船中、ボーズの人からトップで4匹釣った人がいましたって事)って聞くと聞こえは良いけど、実際は10人乗って9人ボーズの1人だけ4枚って事もあるわけ。(つーかそんなのが普通)だからスソでも1匹釣れたような日、例えば’1−10’くらいぢゃないとこっちには回ってこない訳ね。(トップの人はそれなりの人が取る訳で)まあ、ボーズが嫌ならマダイ様は諦めた方がいいかもって事。そんな愛しい真鯛馬鹿でも、連ボを喰らうといろいろ考えるわけでして・・・


(初 ボ) ・・・ 「まあ、そうそう釣れるもんぢゃないから」と自分に言い聞かせながら、翌日にでも行きたい衝動にかられる。
(2連ボ) ・・・ 「やっぱりテェは難しいべえ」と大人の振りをするが、内心はかなり熱くなってくる。
(3連ボ) ・・・ 「なんで釣れないんだろうか?」と自分の釣りを見直してみる。
(4連ボ) ・・・ 段々、釣れた人を恨めしく思い、腕の差を認めない為、道具のせいにし始める。
(5連ボ) ・・・ 道具の差ぢゃないことを目の前で証明され、今度は仕掛けのせいにし始める。
(6連ボ) ・・・ 自分以外の要因を全て否定され、初めて自分の未熟さを認め始める。
(7連ボ) ・・・ それでも腕の差を認めきれず、釣り座のせいにし始める。
(8連ボ) ・・・ 「テェは釣り座だよ」と言い切ったのに、四隅で喰らって引くに引けなくなる。
(9連ボ) ・・・ もう、意地である。周りから見て悲壮感さえ漂い始め、近寄りがたいオーラを放ち始める。
(ボ 王) ・・・ ここまでくると尊敬に値する。まさにキングオブ”ボ”である。
          チャリコ(赤ちゃんの鯛)ですら釣れたらタマ取りし、家に帰れば3枚に卸しかねない。



【願懸け】 またゲンを担ぐ行動も、釣り人を観察する上で見逃せないポイントです。

"釣り場に向かう車中で○○を聞くとボーズ喰らう"とか、"どこぞのコンビニのおにぎりを持っていくと釣れる"だの、"梅干やゆで卵の殻を海に捨てると釣れない"だの、"勝負服"だの、いろいろとジンクスを気にする人が多いようです。かく言うオレもその仲間。概ね前回の"好釣時"を思い出して"あの時こうしてたっけかな?"って事が多いようですが、実は思いださなければいけないのは、"その時の釣技"であって音楽やオニギリぢゃないんですね。"釣れる日は釣れる、釣れない時は釣れない"という現実。決してあなたが海に向かう道中、なんかしたからって魚の食いが良くなることは無いのですから。



■気に入った話

■EPISODE 8  「真鯛ひとつテンヤで釣る!」(エンターブレインMook)より 〜 



 ・・・(前略)・・・

この話は、船を風上にまっすぐ立てる、船の船尾に立てられた三角帆、つまりスパンカーを発明し、しかも特許も取らず全国に広めた、「日本の1本釣りの神様」と漁師から崇められた石橋宗吉老が、口伝で残した話である。

 ・・・(中略)・・・

お目にかかる少し前、勝浦は名物のイシナギの不漁が続いていた。

「爺さん、昔の山を覚えているか?」と言われた石橋老は、漁船に乗って山を教えてやった。

すると翌日、松部港には巨大なイシナギが無数に水揚げされた。それを見た石橋老は、

「今の若いモンは、海を知らないにも程がある。たった1日で、また海をダメにしてしまった」

と怒りを通り越し、嘆いておられた。産卵で深場から上がってきたイシナギを根こそぎ釣ってしまったのである。

鯛に限らず、あらゆる釣りで、名手と呼ばれる人たちは、実に自然体の釣り姿をしている。私などはいまだに、なんとか1尾でも多くの鯛を釣ろうと夢中になるだけで、魚と対話し、魚から聞く耳など、悲しいかな、持ってはいない。

こうした反省を繰り返すばかりで、いっこうに釣りの腕が上達しないのである。


■EPISODE 7  「マダイへの道」(メディアボーイMook)の冒頭文より 〜


マダイ賛歌

マダイは釣り師にとって憧れの魚
なかなか釣れないから
誰しも憧れがどんどん膨れてしまうのだろう

コマセを巻いてもその餌にはすぐ反応してくれない
小魚たちがコマセに我を忘れて飽食しようが
マダイだけはその仲間には加わらない

”海の王様”らしく遠目に見るだけで決して近寄らない
美味しそうな匂いにもなかなか食らいついてくれない
そんな気高さがマダイにはある

あの赤い体が蒼い海から上がってきたときには
釣り師は思わず興奮する
それより何よりそれまでのやり取りが
釣り師のテンションを最高潮にしてくれる

グゥイーン、グゥイーン、グゥイーンと
何故だか3回力強く引くのはマダイの引きの特徴だ
一度でもこの引きを知ってしまった釣り師は
また海に出てしまう

「マダイの道」を求めて


■EPISODE 6  Blog 「気ままに」 2007.4.6掲載



鯛釣りはやっぱ面白いな!あの適度な釣れなさ振りが絶妙だ。
「たまに釣れる」コレが肝心。


その昔、大御所のサイトでとある画伯が書いた鯛の画にあった言葉

 「釣りたいと思へば なかなか釣れない

   会いたいとおもへば たまには会える
 
    いま少しよろこびを君」


マダイは誰にでも釣れる。でも、いつでもは釣れない。
その気難しさ、そして日に何度もないそのチャンスを待ち続け
その間合いを掴むのがマダイ釣りの醍醐味だと勝手な解釈をするわけで


釣れた時には、どうして釣れたのか
釣れなかった時には、どうして釣れなかったのか

2度として同じ状況が繰返されない中で、自分なりの解釈と妄想を繰り広げる楽しさ。
数打ちゃ、いつか妄想も現実となるからやめられない。


ずっと堪えてきたマダイ釣り

今回は本当に楽しかった。
今でも、手応えがしっかり蘇る。これが剣崎ののっこみ。

腰を下ろしては、立ち上がり、何度と無く突っ込みを交わしながらも
突然「フッ」と軽くなる長竿
思い返してみれば、魚の執念がオレの手に勝ったってこと。
まだまだ、オレには早いよ・・  そんな感じだった。


自分でも判ってる。

ハリスは毎度毎度、騙し騙し縛ってる。
心身の構えは充分であっても、いつも一抹の不安を抱えながら
多分これでいけるだろ・・ そんな感じだ。所詮遊びだから・・。


それでも、いいぢゃね。

バラしても、数を沢山釣らなくても
数や型だけがマダイ釣りの醍醐味だとは思ってない。

のっこみが好調だからって目の色変えて突っ込まなくても
いつでも会えるように、何かを考えながら試すプロセスをこれからも
楽しめたらと思います。


■EPISODE 5  「つり情報」誌(2005/7/15号)特集"エビエサで大ダイ"より 〜


エビシャクリで大ダイを狙う特集。釣り方は違いますが、大ダイへの想いは同じということで・・・


 ・・・(前略)・・・ 

大ダイを看板にする洲ノ崎港の六平丸のベテラン船長連や、現役を引退した老船長に「大ダイを釣るコツを教えて」と何度も聞いてみた。すると、

 「そんなことが自在にできればお客なんか乗せないで自分で釣って水揚げしてますよ。
  いかい(でかい)テエ(鯛)は運次第ですよ、運。」

という答えしか返ってこなかった。現役の記者時代、気心の知れた内房や大原の船長連にも同様の質問をしたが、

 「まあ、でけえテエは上(のタナ)で食う事が多いけんど、
 日によってはベタ底で食ってくることもあるし、こればっかりはなんとも言えませんよ。」

と、言葉を濁す。だが、それに続けて、

 「大ダイが食うかどうかは運だけんが、問題は掛けたあとですよ。
  あんまり強引でもいけねえし、
   かといってあんまりデエジ(大事)に遊ばせてもバラしてぃまうかんね。」

という言葉が必ず添えられた。

やる気満々の客を毎日乗せて沖に出ている船長をして、「釣れるかどうかは運だ。」と言わしめる大ダイ狙い。実は船長連が言うところの「運」には、自然を相手にする釣りという遊びの奥深さを意味しているのである。

まして15年、20年と大海原で釣り人の針を交わし、漁師の網にも掛からず生き抜いてきた百戦錬磨の大ダイを、意のままに仕留めることなど、到底出来ない相談なのである。だから、「こうすれば大ダイは釣れますよ。」などとは、軽々と言えるはずもない。

だからこそ大ダイを手にする価値があり、それに挑む価値はもちろん、面白さもそこにある。 

 ・・・(後略)・・・


■EPISODE 4 「これなら釣れる 春のマダイ」(桃園書房)の冒頭文より 〜


 ・・・(前略)・・・

だが、コマセ釣りがもたらしたのは、いいことばかりではない。ひとつには季節感の喪失。

ビシマやシャクリでは春の乗っ込みと、秋の落ちという二大シーズン以外は出船することが希だったのに、いまでは真冬の1〜2月、木枯らしに身をさらしながら100m、120mという深場を釣るのが当たり前となってしまった。

自然の中に身を置き、自然と共にあるべき趣味であるはずの釣りから、"季節感"がなくなったら、これは決して歓迎できる事態ではない。


そしてもうひとつ無視できないのが"釣り過ぎ"という問題。

これは各地で稚魚放流が続き、あの危機的状況を脱し、復調傾向にあることも関係あって、それゆえの数釣りが可能となってしまったのがかえって災いしている。

いくら野生化した放流魚とはいえ、500gにも満たない小ダイを20尾、30尾と釣らせる、釣ってしまうというのは船宿にも、釣り人にも責任あると言わざるを得ない。


「あそこのタイは、ハリス1.5号じゃないと食わないよ」と、誰でも名を知ってる超有名人がポロっと漏らしたが、大体からして1.5号で上がってくるようなマダイを釣って満足できるのか。こうした人たちこそ、釣り場と魚を守るためのオピニオン・リーダーとなって欲しいものである。

 ・・・(後略)・・・


■EPISODE 3 「つり丸」の人気コーナー、「モリさんの魚つり万華鏡」より 〜


記事になぜかホッとしたので読んでない方に紹介しておきますよ。筆者モリさんの、亡くなられたある船頭「カメさん」の思い出話で、


 ・・・(前略)・・・ 

ごくちっぽけなある"根"で1〜2kgほどのソイが入れ食いになったことがあった。3人がそれぞれ大カサゴやソイを5本ほど釣り上げたが、しばらくするとぱったり魚信がなくなりエサ取りさえ現れなくなった。するとカメさんはなんどとなく潮まわりしをくり返したあと「潮が行かなくなったよう、仕舞うべや」といい、船を港に向けたのである。

 ・・・(中略)・・・

だがボクは知っていた。カメさんは"根"をカワしていたのである。魚が釣れるわけはないのである。ごく小さいポイントだからほんの少々船の位置をずらせるだけで"根"からはずれる。魚は’根’に住み着いているから"根"からずれれば当然釣れない。カメさんはそれを承知の上で船の位置を"根"からはずしたのである。つまりカワしたのであった。

「あの"根"にはまだソイやカサゴがいっぺいいらあで。けんがおう、釣れば根こそぎ釣ることになるからおらはカワしたんだ。」とカメさんは言った。

 ・・・(中略)・・・ 

「おらはこのポイントはだれにも教えやしないよ、だれかがまた見つければそれはそれでよしだおう。幸か不幸かおらには子がねえ、漁師はおら一代でおしまいだ。だからほかに知ってる隠し根があるっけんが教えねえで墓に持って行くだ。」 

 ・・・(後略)・・・


■EPISODE 2 「真鯛一筋」石井克己著より 〜


「潮のことも、餌のことも、釣座のことも、すべて気にせず、船さえ出れば釣ってみせる腕をもち、大物や数釣りを望まず、釣りそのものを楽しむマダイ釣師になりたい。

 ・・・ (中略) ・・・

マダイは、50cm級までのものなら、普通の釣人なら誰にでも釣れる。70〜80cm級も”運がよければ”釣れる。だが、90cm以上のものとなると”よほど運がよくなければ”狙って釣れるものではない。だから、大物に血道を上げることもないし、他人さまが釣ったからといって、挑戦すべきものでもないとわたしは思っている。

磯釣り師からは、”船の釣りは、ポイント選びの楽しさがない”といわれるが、私はただ、竿を握ってマダイと対峙することだけに専念したいし、渓流を遡行したり、投げの大道具を運ぶのが苦手なだけである。

ずぼらで横着な面もあると自覚している。要するに私のマダイ釣りは、晴釣雨読、自分の好きなマダイ”華麗な猛者”を、私流に、自分の好きなところで、自分の好きな釣り方で釣ってみたいだけである。」

また、この著者ととある船長との話の中での船長の言葉、

「ただ、たくさん釣るから上手とはいえん。もたもたせんと、無駄のない動作で、竿や仕掛けをさばいて、格好よう釣らんとあかん。タイ釣りは”釣りの花道”やで・・・」


■EPISODE 1  「CSCナオミさんのHP」より 〜


以前CSCナオミさんのHPで紹介されていた面白い文で、こんなのありました。


「船宿に出かける回数が月一の人は他の趣味を捨て、隔週の人は仕事を捨て、毎週の人は家族を捨て、毎日の人は人生を捨てる。」


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